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これからどうする?スウェーデンは100年前に既に高齢化を経験!日本が学ぶべきこととは・・・

2019-08-01
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スウェーデンのケア手法を取り入れて、介護付有料老人ホームを中心にした親世代の住まいを展開する「舞浜倶楽部」。その代表を務めるグスタフ・ストランデル氏に、スウェーデンの高齢化に対する取り組みの歴史、そして日本はそこから何を学ぶかについて、編集長の大澤尚宏が聞きました。

スウェーデンは、100年前に始まった高齢化に国を挙げて危機感をもった

大澤
確か、グスタフさんは、高校時代に柔道を学ぶために日本に留学されたんですね。そもそも、その後もスウェーデンから日本に来られて、日本の高齢者関係の仕事につかれたのは何か理由があったのでしょうか?
 
グスタフ(以下、敬称略)
柔道じゃなくて、剣道だよ(笑)、それはそれとして、そもそも歴史的な流れ自体がスウェーデンと日本ではまったく違ってるんですよ。スウェーデンは100年前から高齢化がはじまり、現在までゆっくりと高齢化していきました。僕が生まれた70年代には、スウェーデンではすでに高齢化が進んでいたのですが、当時の日本はまだ高齢化は起こっていません。スウェーデンと違って、日本は急速に高齢化が進んだので、そこから大急ぎで対策を立てていったわけですが、今日本とスウェーデンがやろうとしていることは似ていると感じています。

大澤
100年前ですか! それは知らなかったけれど、スウェーデンと言うと単純に「高福祉国家」というイメージだけが先行し、そういう事実までは理解できてないですね。では、なぜそんなに早くから高齢化が進んでいたのでしょう?
 
グスタフ
そうですね、まず、イーヴァル・ロー=ヨハンソンというジャーナリストによると、福祉国家という概念は1890年代にスウェーデンで生まれているんです。そのきっかけとなったのは、移民でした。当時のスウェーデンは貧しい国だったので、若くてやる気のある人たちがアメリカに渡ったのです(若くてやる気のある人に限ってですよ!)。なんと、その数は人口の4分の1といいますから、驚きます。だから国も焦ったのでしょう、国として豊かな社会をつくらなければ、若い人たちがどんどん流失してしまうという危機感から高福祉国家にせざるを得なかったんですね。

大澤
その時代に大量移民ですか・・・・・・それは知りませんでした。当時のアメリカはゴールドラッシュでしょう。アメリカンドリームを求めて出ていってしまったんでしょうね。それは、国は焦りますよ。ところで、すぐに福祉国家建設というアクションを起こしたのですか?
 
グスタフ
いえ、そんなに急に福祉国家をつくる余裕はスウェーデンにはありませんでした。スウェーデンの経済が発達したのは、皮肉にも戦争、つまり、第二次世界大戦後です。スウェーデンは第一次・第二次世界大戦に参加しなかったため、国土も無事でした。ヨーロッパの他の国は二度の大戦で破壊されたため、復興で必要となった林業や機械工業などの産業がスウェーデンで発達したのです。それから福祉国家建設へと向かうのですが、スウェーデンのエリートたちが高齢者福祉を充実させようと老人ホームをつくろうとしたところに疑問を抱き、現場調査をしたのが先に挙げたヨハンソンです。

高福祉国家のイメージが強いスウェーデンでも、高齢者施設の環境は劣悪だった

大澤
というと、高齢者施設の現場は実際にどんな状況だったのですか?
 
グスタフ
ヨハンソンの取材に同行したカメラマンが、現場を撮るに堪えられず、仕事を降りたほど、現場は暗いものだったらしいんです。寝たきりで褥そうができていて、家族は誰もこない……そんな状態です。人生の最後の住まいに、そんなのホームを誰が望むでしょうか。これが福祉国家と言えるのか!と、ヨハンソンはよりよいホームを建設しようという運動を起こしたのです。
 
大澤
まさに、以前の日本の老人ホームも同じような状況のところが多かったと聞いたことがありますが、スウェーデンもそうだったんですね。

グスタフ
そうです。さらに60年代、スウェーデンが福祉国家と言われるようになっても高齢者や障害者を隔離するのでなく、地域で共生するという、今のようなノーマライゼーションの理念はありませんでした。ようやく70年代になってユニットの革命が起き、個室でプライバシーが確保されるようになり、環境が改善されていきます。そして1985年には、世界初のグループホームができたのです。
 
大澤
いや~、スウェーデンでも、隔離してたんですか?
少しショックですね。でも、やっぱりグループホームはスウェーデンが世界初なんですね。それにしても、それも1985年ということは、戦前に福祉国家建設を提唱してから、ずいぶん時間がかかったんですね。
 
グスタフ
そうですね。でも、その後は早かった。70年代から80年代になると、プライバシーを確保して、地域で普通の生活をするという成功事例が出てきましたし認知症になってもその人らしい生活が続けられる可能性が高くなっていったのです。
 
大澤
そういえば、90年代、日本の高齢化が騒がれはじめたころ、スウェーデンの福祉が脚光を浴びて、日本からの視察が増えたような記憶がありますが・・・

グスタフ
そうですね。90年代には、たくさんの日本人がスウェーデンの老人ホームを見学に来ました。その数、のべ10万人ですよ。そして、このころ、建築家の外山義先生が、スウェーデンの高齢者の暮らしやケアについて『クリッパンの老人たち~スウェーデンの高齢者ケア』(ドメス出版)という本を書いています。それによると、スウェーデンの高齢者は地域社会で暮らし、看取りまで地域でケアを受けていると指摘しています。まさに今の日本の地域包括ケアという概念です。私は日本の大学に留学中、スウェーデンレストランでバイトしてたんですが、福祉に興味を持っていたので、そこで、この外山先生を紹介していただき、お会いして、今につながっています。
 
大澤
まさに、その出会いがグスタフさんの、その後の道を決めることになったんですね。
 
グスタフ
そうそう、そうなんです!外山先生が、高齢者が暮らす現場を見て、地域包括ケアを提案したということに感動し、私も日本の現場を見ようと思いました。北海道にある当時最先端のホームを見学したのですが、そこに入居している高齢者はみな寝たきりで褥そうができていて、室内に悪臭もただよっていました。もちろん地域との交流もありませんし、家族が来ることもありませんでした。スウェーデンの60年代の状況と同じような実態が、90年代の日本にあったんです。90年代の終わりごろには、個室でユニットケアを取り入れて、地域に溶け込んでいるという先進的なホームが少しずつ出てきましたが、まだ異質な扱いを受けていましたし、地域で建設反対運動も起きていたほどです。
 
大澤
老人ホームの建設反対運動ですか。高齢者施設に限らず、幼稚園の建設反対運動など、今もまだ似たような動きは見られますが、自分が来た道、行く道なんですけどね・・・・・・。
 
グスタフ
世界には今でも劣悪な環境にいる高齢者はたくさんいます。豊かな国と言われている香港やシンガポールでもそうですし、認知症の高齢者が精神科の病院で柵のある部屋に閉じ込められている国も少なくありません。こうした認知症のケアは、スウェーデンが住み慣れた環境でケアを受ける方向に進んだように、どんな国でも実現できるはずだと思っています。

大澤
私の祖父母の時代でも、前述のような閉じ込められた環境のなかで生活していた人た多いわけですが、これからはそういう環境がない国にしたいですね。
 
グスタフ
おっしゃるとおり、スウェーデンでも私の曾祖母の代は、そういった劣悪な環境のホームで亡くなっています。それが、祖母の代になると、一人はグループホームで、もう一人は在宅でケアを受けながら亡くなっています。
つまり、少しずつでも環境は良くなってきたのです。
 
大澤
スウェーデンでは曾祖父の時代ですか、やはり早く取り組んだ分、我が国より一世代進んでいますね。
 
グスタフ
今のスウェーデンでは、自宅で過ごせなくなった看取り期の認知症の高齢者は、すべて税金で賄われるので経済的不安はなく、自分らしい暮らしが続けられるホームで最後の1~2年を過ごしています。私の親は70代半ばですが、自宅で暮らすのが難しくなっても、安心して暮らせるホームに入れるのがわかっているので、親の老後に不安はまったくありません。それが高福祉国家スウェーデンの仕組みです。スウェーデンのケアや考え方を学ぶため、僕が代表を務める「舞浜倶楽部」の職員はスウェーデンのホームで研修をしています。
 
大澤
グスタフさんは、スウェーデンのような「自分らしい暮らしができるホーム」を日本で実現したいと考えて「舞浜倶楽部」を運営しているというわけですね。
 
グスタフ
そうですね。2004年に最初の施設「舞浜倶楽部 富士見サンヴァーロ」を開設し、認知症の看取りケアを専門にするとうたったところ、半年で満室になりました。「舞浜倶楽部 新浦安フォーラム」も同じ理念で、看取りも認知症ケアも行います。「舞浜倶楽部」のご入居者の平均年齢は87歳、平均介護度は2.5で、8割が認知症ですが、9割の方がここでお亡くなりになります。触れるコミュニケーション「タクティールケア」やブンネという楽器を楽しむ「ブンネ・メソッド」といったスウェーデンのケア手法を取り入れて、最後まで尊厳を持って楽しく暮らしてほしいと思っています。オヤノコトネットの読者のみなさんには、ぜひその様子を見に来ていただきたいですね。
 
大澤
グスタフさんのお話は、視点がスウェーデンとの比較のもあるので新鮮です。ところで、グスタフさんの理想は「舞浜倶楽部」にとどまっていないのではない感じですよね?

グスタフ
そう、日本がやろうとしている地域包括ケアの仕組みは、世界に誇れるものです。認知症サポーターを養成し、認知症カフェも全国にできています。認知症になった人が地域の中で話をする場を用意する全国組織をつくろうとワーキンググループもできています。
それって結構すごいことですよ。こうした日本独自のモデルは世界のスタンダードになっていくでしょうから、私も積極的にかかわり、日本の取り組みのすばらしさを世界に広げたいと考えています。
 
大澤
管理栄養士が三食しっかり管理している老人ホームなんて日本くらいだという話には驚きましたが、まだまだお互いにやれることありそうですね。これからも意見交換しあいましょうね。
今日はどうもありがとうございました。

(2019年7月)

対談を終えて

編集長より

グスタフ氏とは10年来の付き合いだが、もともとはスウェーデン大使館内にあるスウェーデン福祉研究所の所長としての出会いで、当時からスウェーデンの高齢者福祉について熱心に語ってくれる熱血漢だった。
今も変わらず、流暢な日本語を使いこなし、スウェーデンの高齢化問題~今に至る歴史、世界の老人ホームの現実、日本のあるべき方向性を見据えて活動している姿に教えられることも多い。
Ageing societiesのISO世界会議で日本代表として参加したグスタフ氏の真ん前がスウェーデン代表の席だったという話には思わず笑ってしまったが・・・。

編集長

profile

グスタフ・ストランデル氏

株式会社舞浜倶楽部 
代表取締役社長 

スウェーデン出身。 1992年に交換留学生として早稲田大学高等学院で学び、1997年北海道東海大学に再び交換留学生として来日。1999年在日スウェーデン大使館にて研修生として勤務、2000年ストックホルム大学卒業 、2003~2008年スウェーデン福祉研究所所長(取締役、同ファウンディング・メンバー)、 2008年スウェーデン・クオリティケアAB顧問就任し、アジアにおける活動の立ち上げに従事。2009年株式会社舞浜倶楽部 総支配人就任、2012年 株式会社舞浜倶楽部 代表取締役社長就任
著書は、『私たちの認知症』2009年4月出版(幻冬舎)

大澤尚宏(おおさわ・たかひろ)

「オヤノコト」編集長
(株式会社オヤノコトネット代表取締役)

大学卒業後、株式会社リクルートを経て広告会社を設立し、日本初のバリアフリー生活情報誌『WE’LL(ウィル)』、子どものためのバリアフリー情報誌『アイムファイン』の創刊を手がける。2008年、超高齢社会の課題解決事業「オヤノコト・エキスポ」(後援:経産省、厚労省ほか)を立ち上げ、2009年、株式会社オヤノコトネット設立。「オヤノコト.net」「オヤノコト.マガジン」「銀座オヤノコト.塾」の企画・運営、介護離職問題のコンサルティング、企業のマーケティング支援や相談・研修事業などに取り組んでいる。近著は『そろそろはじめる親のこと』(自由国民社)

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